お茶に関すること

2018/07/14

河越抹茶そば

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中世は南北朝時代、武蔵河越(現在の埼玉県川越)は当時の文献『異制庭訓往来』に栂尾、伊賀八鳥、大和室尾、伊勢河居とともに名茶産地として名が挙げられる茶所でしたが、戦国時代になると茶を嗜んだ階層が衰退するとともに伝説となってしまいました。
しかし、近年河越茶は古くて新しい川越の特産品としてよみがえっていたのです。現在川越蔵造りの町を歩くとさまざまな茶製品に出会えます。ランチにいただいた河越抹茶そばは、爽やかな風味と明るい緑が特徴です。

画像説明: 時の鐘、茶そば寿庵、二色せいろ

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2018/07/11

かん袋

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大阪は堺市和菓子の老舗かん袋。
不思議な店名ですが元の商号は和泉屋といいます。かん袋と呼ばれる由来は、遡ること安土桃山時代、豊臣秀吉による大阪城築城のおり、和泉屋店主が餅作りで培った腕力で城の瓦を紙袋でも扱うかのようにひらひらと上へ飛ばしたところを、秀吉が「(運ばれる瓦が)かん袋が散るように見える」と感心して、かん袋をそのまま商号にするように命じたことからだそうです。
行列ができるくるみ餅は、胡桃が入っているお餅ではなく、お餅をくるんで食べることからくるみ餅と言います。店内で頂く氷くるみ餅はかき氷をかけて食べる夏の人気菓子です。

画像説明: かん袋、くるみ餅

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2018/07/07

梨木神社

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京都梨木神社は京都を代表する萩の名所です。
9月の中旬から下旬に催される萩まつりの名残が残る頃、梨木神社を訪れたので、境内の萩には献詠された短冊が下げられ、幻想的な風景を醸し出していました。短冊を読むのも楽しかったのですが、建立されている茶人で雨月物語の作者である上田秋成やノーベル賞受賞者湯川秀樹の歌碑を探すのも楽しみのひとつです。
またこちらは京の三名水の一つに数えられる染井の井戸もあり、昼間は水を汲みに来る人で賑わうそうです。

画像説明: 梨木神社、萩と短冊、上田秋成の碑、染井の井戸

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2018/07/04

狭山茶発祥地

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狭山茶の初めて物語は複数ありますが、川越市にある天台宗別格本山中院に置かれた「狭山茶発祥之地」碑によると、源流は最澄が唐代天台山国清寺から持ち帰ったものが栽培され、後に圓仁が830年に比叡山から持ってきた茶の実が起源であるとのこと。
河越のお茶はその後、山城、大和、伊勢、駿河とともに茶の名園5場の一つに数えられるようになりました。
またこちら中院には文豪島崎藤村が義母に贈った茶室不染亭も移築されてあります。

画像説明: 不染亭、狭山茶発祥地の碑

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2018/06/30

京都ポルトガルデザート

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京都市北野天満宮すぐ横にあるカステラ・ド・パウロ。
食後のデザートでいただいたのは、ポルトガルで大好きになった白ワインヴィーニョ・ヴェルデと共にプディン・デ・ジェーマ。修道院で卵黄だけで作られていた濃厚なプリン。お店の代表的デザートは長崎カステラの老舗松翁軒で技術を習得して、ポルトガルでさらに技術を磨いた店主さんが作るパォンデロー。ポルトガルの洗礼式・結婚式など大切な行事で欠かすことのできない伝統菓子。リスボンで有名な老舗に行った時にはクリスマスシーズンにしか作っていないということで食すことができなかったものがこちらではいただけます。
卵黄とアーモンド生地に胡桃がのったノーズシュ・デ・カスカイショは他のお菓子よりも賞味期限が長いので、お土産としておススメです。

画像説明: カステラ・ド・パウロ、ヴィーニョ・ヴェルデとプディン・デ・ジェーマ、ミニパォンデロー、ノーズシュ・デ・カスカイショ

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2018/06/27

京都ポルトガルランチ

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京都北野天満宮すぐ横にあるポルトガル菓子&カフェCastella do Paulo(カステラ・ド・パウロ)。
リスボンで行列ができるカフェが2014年に京都に移ってきて、すでに大人気なカフェ、ある日のランチタイム、運よくポルトガルランチセットをオーダーすることができました。
コロッケは、ポルトガル名物干し鱈(バカリャウ)とジャガイモを揚げたポルトガル名物パスティッシュ・デ・バカリャウ、ご飯は、鴨肉と出汁で炊いたご飯にポルトガルソーセージをトッピングしたダックライスです。

画像説明: カステラ・ド・パウロ、パスティッシュ・デ・バカリャウ、ダックライス

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2018/06/23

サンミゲル島のお菓子

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今から遡ること、約470年前の1550年、平戸港にポルトガル船が入ったとされ、それからポルトガルのお菓子カステラ(ポルトガル語ではパン・デ・ロー)や金平糖、ボーロ、キャラメルがあり、砂糖を平戸島に持ち込んだのもポルトガル船だと言われています。
砂糖菓子コンフェート(金平糖)はサンミゲル島でも作られていると聞いて探したのですが、季節限定の伝統菓子なのか、廃れてしまったのか、あったのは帰りの飛行場の売店でのみでした。現在サンミゲル島の人気菓子はケイジャータ(チーズタルト)。島で一番美味しいと評判のものはチーズ専門店で販売されていました。お茶を作っている島だけあって、チーズ専門店にもさまざまなお茶が売っていました。ちなみにお値段は、ペコ―2.9€、ブロークン2.54€、オレンジペコー3.65€。ついでに、パイナップルファッジは2.4€でした^^

画像説明: サンミゲル島のチーズ専門店、ケイジャータ、島産のお茶

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2018/05/01

午後はのんびり茶三昧@道後温泉

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最低一時間以上かけてゆっくり3種類のお茶とお菓子のセットを楽しむ道後温泉老舗山田屋まんじゅう日本茶専門店茶楽の🍃ゆったりと遊び心の茶三昧コースを堪能しました(๑˃̵ᴗ˂̵)
「抹茶と山田屋まんじゅう」
「玉露と名水しるこ きら」
「ほうじ茶と豆菓子」
〜玉露に至っては濃かなる事、淡水の境を脱して、顎を疲らす程の硬さを知らず。結構な飲料である。眠られぬと訴うるものあれば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。〜 夏目漱石『草枕』より

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2018/04/17

一六茶寮@愛媛県道後温泉

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久松家初代松山藩主松平定行公は、1647年ポルトガル船が長崎に入港した知らせを受けて、長崎に向かい長崎探題の職務にあたりました。
この時、定行公は南蛮菓子タルトを食し感動してこの製法を松山に持ち帰りました。
製法は久しく家伝とされましたが、明治以降松山の菓子司に伝わり、松山銘菓になりました。
道後温泉の向かい、一六本舗2階の一六茶寮で一六名菓セットをオーダーすると、道後温泉二大名菓坊ぼっちゃん団子と一六タルト共に食すことができます。

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2018/04/03

天空ノ茶・幻の有瀬茶@徳島県三好

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高知県との県境にある徳島県三好に位置する有瀬集落は山間部に茶畑が広がります。
山霧にしばしば包まれる南向き斜面は徳島県の有瀨、向かい側は碁石茶産地である高知県の大豊町があります。両側ともぜんまいがよく採れたのだけど、北側の大豊町のほうが良かったのだとか。
現在61歳の平松さんの家に電話がきたのは中学一年生の頃、そのまえまで標高430〜450mに民家が点在した有瀬地区では、例えば雪のせいで休校になる時には一番山の上に住んでいる家に休校の知らせが入り、その子はすぐ下の家の子に合図で知らせ、またどんどん伝言ゲームのように麓の家まで休校の知らせを届けたのだそうです。休校になりそうな日は、子供たちは上からの知らせがくるのをワクワクして待ったと、今はない微笑ましい風景です。
人の憶記に残る茶業は大正期、静岡から手揉み技術を教えてもらったこと。各家に焙炉があり夕方になると皆で自分が作った茶を持ちより比べ合って、切磋琢磨して技を磨いた結果、井本八郎、立道才三など名人の名が残りました。
また、茶の畝に竹をトンネルのようにさして“すご”をかけるかぶせも行われたそうです。
昭和40年代からボチボチやぶきたの導入が始まって、養蚕用の桑畑などが茶畑に変わりました。
現在山茶は一回だけ、やぶきたは一番、親子、番茶を摘みます。かって共同を含めて7軒あった製茶工場は今3軒残るのみです。

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