シルクロード
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三連休の最終日である今日は華泰茶荘で行なわれたプーアル茶会に参加してきました。講師の先生はプーアル茶鑑定の第一人者で、『深邃的七子世界』という図鑑兼鑑定書の著者である陳智同先生でした。台湾の雑誌『普洱茶藝』の方たちも一緒にいらっしゃっていましたが、この雑誌はプーアル茶の世界では有名な雑誌で、かつては南方のシルクロードと呼ばれていた古道を1987年に茶馬古道という名前を提案して学術界で承認させた雲南大学教授もこの雑誌に関わっているとの記事をつい最近読んだものでした。プーアル茶の試飲は今年の秋茶(作ったばかりのもの‥)から各印級茶、最後は八十年くらい前の私営茶商のものまでたっぷり堪能することができました。一番美味しかったのは紅印です!自分で買えるようなお茶ではないだけに、この美味しさを知ってしまったのは不幸かもしれません。
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韓流シネマ・フェスティバル2006の序盤、すでに一番面白い作品を見てしまったような気がします。
最初から一番見たかった映画でした。映画『盗られてたまるか』の主人公である韓国最高のプログラマーの趣味は泥棒、ハイテクを駆使して盗むのはテレビのリモコンだったり冷蔵庫の食べ物だったり、住人が大事にしている品物です。主人公に狙われた家族が家庭の平和を守るために、奮闘するうちに家族愛を取り戻してゆく、ファミリーコメディです。たぶん家族を守ろうとして奮闘するお父さんが主人公なのだろうと思いますが、私の中の主人公はやっぱりソ・ジソプが演じているプログラマーなのです。最初の登場がMITみたいですごくかっこ良かったので、国宝みたいなものを盗むのかなと思いきや‥‥、盗み出すもののちゃっちさと盗みの技術のギャップが笑えました。
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新しくオープンしたシネマート六本木で見た私の記念すべき第一作目は『まわし蹴り』でした。
K-POPに詳しくないので、お恥ずかしいことに主人公を演じた神話(SHINHWA)のヴォーカル、キム・ドンワンを知りませんでした。なんとなくヒョンビンが主人公だったらいいなぁと思いながら映画を見ていたので、途中からどうも優等生よりも後からテコンドー部に加わったキム・ドンワン演じるところの不良高校生が主人公らしいと分かった時には、あぁそうだっけとなぜか納得してしました。テコンドーに出会った落ちこぼれ高校生たちの成長日記と謳っていたっけと。人がたくさん出てくる時は、人間相関図ぐらいは頭に入れておいたほうがいいですね。
爽やかな青春スポーツドラマで、気持ちよく見ることができる作品でした。
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台湾絵本の翻訳を8年もやっていると、台湾絵本のことは結構自信があると思う今日この頃です。
台湾はそんなに大きな国ではないので、星の数ほど絵本作家さんがいるといったら言いすぎになってしまいますが、星の数ほどはいないけれども巨星だったらいくつか心当たりがあります。その中の一人がライマ(頼馬)さんで、私が台湾絵本が好きになったきっかけになった絵本作家です。画像を見ていただくとちょっと分かっていただけるかなぁと思うのですが、怪獣にしては可愛らしすぎる、動物と言ってもこんな不思議な子はいないなぁという面白いキャラがいっぱいでてくるお話をいっぱい描いている人です。右の画像はライマが自分の日常をイラストにしたものです。自分までおもしろ可笑しく描ける人なのです。もうすぐ彼の絵本がお目見えします‥‥。続きは明日!
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18世紀末、英国は乾隆帝誕生祝いの名目で、元駐露大使マッカートニー率いる外交使節団を中国に派遣しました。使節団に要した費用は英東インド会社が全て負担しています。英国東インド会社は1600年創立、1664年に中国から輸入した茶を貴重な贈り物として君主に献上しましたた。英国が直接中国茶を輸入する歴史はこの時から始まっているようです。以後中国からさまざまな種類のお茶が海外に広まっていきましたが、そんなお茶のひとつである平水珠茶はそのお茶の外観からガンパウダーと呼ばれ親しまれています。平水珠茶は1、2回くらいしか飲んだことがなく、あまり印象がなかったのですが、今年になって俄然興味があり改めて飲みたいなぁと思っていたところ、まさか岩茶房でこのお茶をいただけるとは思っていませんでした。今年はこのお茶と縁があるのかも‥。
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浙江樹人大学で茶文化の教師をしている方々が、現在1年間の予定で日中文化交流のため国際茶道・香道丹月流宗家にホームステイしているので御紹介いただけるということで、鎌倉市極楽寺の丹下明月先生(国際茶道香道丹月流宗家)のお宅を訪ねました。
宗家は日本で茶道・香道、中国茶道、紅茶茶道を教えるだけにとどまらず、海外との茶文化交流も活発に行われており、中国各地の茶文化研究会の顧問や理事を兼任、浙江樹人大学客人教授として授業も行っています。
伺ったお宅では、まず通された応接室の壁一面にびっしりと飾られた茶器のコレクションにため息がでました(まるで美術館のようでした)。そして大きなガラスの向こうに広がるお庭に目が釘付けになりました。借景という様式がありますが、借景というより庭つづきに山が迫りどこまでがお庭なのかわかりません。庭はいつでも茶宴が開けるような状態になっておりました。今この時期ならばキラキラ光る緑の中で、というわけです。
大きな定例の茶宴としては、初春の宴、桜花の宴(庭に鎌倉で一番大きな山桜があります!)、月見の宴が、百数十人ものお客様を招いて開催されるそうです(二階にもお茶室や広い茶芸スペースがあるのです)。
本場茶芸のレッスンを受けたい方、表演を見学しながら素敵なお庭で茶会を催されたい方、ぜひ一度丹月流に問い合わせてみて下さい。歓迎して下さると思います。場所は鎌倉市極楽寺ですので関東にお住まいの方は是非、また文化交流のためならば出張も可能ということですのでそれ以外でも相談してみてください。
(問合せ先 Tel: 0467-23-2131 Fax: 0467-22-8176)![]()
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京都ではこの時季、哲学の道や白川などで蛍を見ることができるのだそうです。
6月11日土曜日には上賀茂神社、下賀茂神社で蛍に関する催しがありました。ぐうぜんにもその下賀茂神社で行われた“蛍火の茶会”の直前までその場をぶらぶらしていたおかげで、参道に出ていたお店で買い物を楽しむことができました。一度は汚染によって破壊されてしまった糺の森の清流も20年ほど前から地元の人の尽力によって蛍火が見られるようになったのだそうです。自然の蛍を愛で茶会を楽しんだ江戸時代の風情を再顕するために行われる“蛍火の茶会”でいつか自然の蛍が見ることができるのもそう遠い未来のことではなさそうです。
私は本物の蛍火を見ずに神社を離れてしまいましたが、和菓子でできた森の蛍を連れて帰りました。
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最近聞いたことでスゴイなぁと思ったのは、連休のたびに四国八十八ヶ所を歩き遍路している人のお話です。
私なんてエレベーターのない建物を6階まで上っただけで、ちょっと目の前が薄暗くなってしまいますもの。お遍路、縁がありません。話を合わせようとして発した言葉といえば、「行く先々でいろんな物がもらえるんですよね」って、レベル低すぎました。
そんな私でも、その人が持っている150年前の御朱印帳の話を聞いているうちに、「ちっとも羨ましくないぜ」とぐれていた私の心に負けず嫌いの火がともりました。私だって御朱印帳持ってやる!で、このこをテクテク買いに行きました。☆印がかわいい。
お遍路は無理だけど、好きな寺院の御朱印を集めてみます。
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物語は1924年から始まって、日本軍の北京占領、抗日戦、国府軍復帰、解放軍入場、反右派闘争、文化大革命と半世紀に及ぶ激動の時代、最下層の捨て子から人気絶頂の京劇俳優に登りつめて時代に裏切られた2人の男の生涯を描いています。
時代の波と人間の愛憎にほんろうされつづけてもなお幼い頃からの愛を貫いた京劇の女形俳優の役を張國榮(レスリー・チャン)が演じました。
どんなに時が移り変わっても、素晴らしい作品や素敵な役者さんがどんどん出てきても、私の心の中のアジア映画ベストテン第1位に永遠に輝いている作品です。
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1930年代の上海租界を背景としたレスリーの出演作品で忘れられないのが『上海グランド』(新上海灘)で、人気、実力ともに絶頂期にあった張國榮(レスリー・チャン)と劉徳華(アンディ・ラウ)が共演するということで話題になった作品です。この二人は王家衛(ウォン・カーワイ)監督の『欲望の翼』(阿飛正傳)で共演したことがありましたが、主演を張り合ったわけではなかったので、この映画が本当の“夢の競演”というやつだったのです。
瀕死の重傷を負ったレスリー扮する主人公が走る車の車窓から目で追った夢の景色は涙なしでは見ることができませんでした。
「この先、手に入れた物はあんたと山分けだ」
「俺はたまたま上海に来ただけだ。
用が済めば出て行く」
「どうかな。気が変わるかもしれないからな」
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金庸原作の『天龍八部』のテレビ番組が始まっていたのを、さっきやっと知りました。
実は原作本もまだ読んでいないのです。夏までにはやっておく宿題?としてここにメモしておこう。
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ヤクザの親分が高卒の学歴を得るために高校生になってイジメられたり恋をしたりするこの映画、いい大人(それもヤクザが)がむりやり高校生に変身するには無理がありすぎますよね。やっぱり、制服にオールバックは似合わないでしょう。まぁ、そのヘアスタイルも高校生活を送っていくうちに髪の毛がみだれてナチュラルヘアーになるのですが、そうなるとだんだん違和感がなくなってくるのが不思議です(他の韓国ドラマなどにも言えますが)。ヘアスタイルひとつで雰囲気はかわるのだなぁ感心しきりでした。感覚が麻痺してくるのでしょうか、それとも演技力のなせる技でしょうか?
最初はコメディかと思ったお話も最後はかっこいいアクション映画、たくさん笑ったし、楽しめました。
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岩茶房で行われるお茶会で以前から話のはしばしに陸羽や利休の名前がよく出てくるなぁと思ってはいましたが、まさかその時代のお茶を再現してしまうとは思いませんでした。その時代とは、今を遡ること千数百年前、中国の唐代ということです。そのころのお茶は写真のように五円玉のような形をしていました。飲み方は陸羽が茶経(世界で初めて書かれたお茶の指南書)で固形を茶末にした茶葉を煮て飲むと述べています(あまり美味しそうに思えません)。実際飲んでみるお茶の味は、「茶と薬の違いは、美味しいとお茶で不味いと薬」という言葉から言えば、“美味しく何杯でもいける薬”という感じでしょうか。
そうなると、今度は安土桃山時代のお茶ってものを飲んでみたいものです。どんなお茶を飲んでいたかご存知の方がいたら、ぜひぜひ教えて下さいませ。現在のようにきれいに湯に溶ける抹茶ではなかったらしいのです。
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ある映画作品を気に入る時、それは私にとって好きな役者さんが出ているというよりもストーリーによるところが大きいです。好きな役者さんが出ているうえにストーリーもおもしろいのがやっぱり最高ですが、知らない役者さんたちが出ていても、すごく気に入ってしまう映画もたくさんあります。
『火山高』は高校の名前がそのままタイトルになっています(タイトルになんのひねりもありません)。その高校を舞台にしたアクション映画なのですが、気で水を操って戦うところが、中華的武侠映画みたいですごく気に入ってしまいました。
最近、韓国の俳優さんたちがクローズアップされ、過去作品歴などもとりあげられるようになり、「えっ!どこに出ていたの?」とびっくりするようなことが時々あります。例えば『JSA』に出ていたイ・ビョンホンのことはまったく気づきませんでした。
で、『火山高』もグォン・サンウがちょっとだけ(重要な役ですけれど)出演しています。主人公よりもかっこいいなぁと思った私は先見の明があったのかな?
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『クンドゥン』はダライラマの半生を描いた作品です。当時(数年前)同じテーマでブラット・ピットが主演している『セブン・イヤーズ・イン・チベット』が巷で注目されるなか、私はこの作品に夢中になっていました。
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(ブラピの映画はけっこう見に行っていたのに)は見に行かなかったけれど、『クンドゥン』は短い公開期間中に3回も(しかも正規料金1800円を払って)見に行ってしまいました。そんな映画、あとにもさきにも初めてです。もちろんVHSとDVDも買いました(この右ページ“大好き”にアップ済み)。内容に関する話は(自分だけのものにしておきたいので)、多くは語りたくありません。
昨日の話の続きになってしまいますが、だ・か・ら、もう一ヶ所ある行きたくても行けない場所というのがこの映画の舞台にもなったラサ(西蔵)です。どなたか高山病にかからない方法をご存知ありませんか?それだけがネックになっているもので‥。
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中国の中で行きたくても行けていない場所が2つほどあり、その中のひとつが敦煌です。
でも敦煌というとなぜかわからないけれど、『天平の甍』(この小説の舞台が敦煌というわけでもないのに)が頭の中に浮んできます。「敦煌に行きたいなぁ~」と考える → 『天平の甍』がカットイン → 苦労しなければ行けないところだよねぇ~と苦悩 → 挫ける。頭の中にこんな流れができています。
この“甍の呪い”を打ち破るべく、今日から通い始めたのがシルクロードの歴史と浪漫を学ぶ講座です。
講義のほうはときどき意識が遠くなりそうな何度かの試練に見舞われましたが、石窟のスライドには目が釘付けになりました。
このままモチベーションを高めて、秋には敦煌へGo!、かな?
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上海総会(上海倶楽部)というのは1861年に創設された在上海イギリス人クラブの名前です。
1909年改築された建物の外観は典型的なイギリス古典主義建築様式ですが、内装は日本の帝国ホテルのスタイルも参考にされているため“東洋のロンドン”と称されました。
上海総会は太平洋戦争中に閉鎖され、建物は日本軍に占領されましたが、戦後1956年からは国際海員倶楽部として使われ、1971年に東風飯店となりました。80年代、東風飯店の2階にはケンタッキーフライドチキン上海第一号店も開店しました。
そしてかつてこの建物が特別な存在たるゆえんはいまなお健在です。長さ34mのバーカウンターは当時だけでなく、現在も上海最長のものであり、シーメンス製の三角エレベーターは80年たった今も人々を乗せて動いています。
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ゴールデンウィークを振り返って見ると、休んでどこかに行くといった優雅な連休を送ることはできなかったけれど、お菓子に関しては毎日どれを食べようかと考えるほど恵まれていました。それはもう賞味期限に頭を悩ませるほど和洋中様々たくさんのお菓子がありました。
そしてここのところずっと飲んでいたのが東方美人と呼ばれている台湾のお茶です。このお茶はいろいろな名前を持っていますが、なかでも東方美人という名は大英帝国の女王陛下がこのお茶を絶賛して名づけたという説があります。
茶樹は少しでも目をはなすと、つる草が生えてきたり虫に食われたり病気にみまわれたりします。そうなればすべてが終わりですが、その損失を惜しんだある茶農家が東方美人と賞賛されるお茶を生み出しました。虫に食われて黄ばんでしまった新芽を通常の工程を行って荒茶に仕上たものを洋行に持ち込んだのがすべての始まりでした。それを飲んだ洋行の外国商人はこのお茶のさわやかな味わい、花蜜のような香、鮮やかなみかんのような水色に大変驚きました。最高級の紅茶と比べてもなんの遜色もなかったからです。虫に食われた傷をふさぐために茶木が体内から出す液体がマスカットのような香を醸しだすのだそうです。白毫烏龍、東方美人、香檳烏龍、椪風茶、福壽茶、五色茶、すべてこのお茶の名前です。
さすが、美味しいお茶は伝説の数だけ名前があります。そして、どんなお菓子にも合いました。
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『チャイニーズスター』という雑誌が1月に創刊されたことはまったく知りませんでした。中国関係の新聞や雑誌はたっくさ~んあるので知らないうちに新しい雑誌が出てくることなんて珍しいことではありません。でも、今回はこの雑誌を見つけた偶然にちょっと感激しています。香港映画が好きな人だったらだれでも雑誌をめくって最初のページを開いた瞬間に感激することができると思いますよ(会員特典のお知らせががどこにはさまれているかによるかもしれませんが)。
「東京にて10月24日から一週間にわたり香港映画祭開催」「香港の映画スターが東京に集結」「数十本の香港映画を一挙上映」
たとえ全部実現しなくても、すごく嬉しいお知らせです。早くこないかなぁ~、秋。
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まぁ昨日のDVDはさておいて、この時期北京に行った人に頼んだ本命のDVDは、じゃ~ん、この『乾隆王朝』です。
思えば、『康熙王朝』の何話だったかを上海のホテルでちらっと見てしまったせいではまってしまい、翌日上海書城にダッシュしたのがきっかけでした。康熙帝も陳道明の康熙帝もとってもよかったです。そして乾隆帝は幼い頃から才能が顕著で、康熙帝は乾隆帝をいずれ皇帝に据えたいがために雍正帝を後継者にしたといいます。
ほんとうだったら第一話目から期待が高まるところなのですが、パッケージの写真を見てちょっと熱がさめてしまいました。爺ちゃんだ(たしかに乾隆帝は長生きだったけど、もっと購買意欲を高めるような写真にすればいいのに)。青年期を演じている役者さんがかっこいいとよいのだけれど‥。中国でこのドラマを見た人にお聞きしたいです。このドラマはおもしろいのですかと。気長に待っていますので、誰か教えてくださいませ。ワインではないけれどしばらく寝かせておきます。最近韓国ドラマを9タイトルも買ってしまったし。
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台湾の高山茶園の中でも最も有名な山が梨山です。
農場の小高い場所には『天池』という池があり、その池のほとりにはかつて台湾を統治していた蒋介石がしばしば憂国憂民したと言われる『達観亭』と名づけられた亭が建っています。
70年代中期、梨山の茶樹は人の手によって植えられました。その中の一人として有名なのが陳金地です。陳金地は生命の危険も顧みず梨山特産の水蜜桃を散歩中の蒋介石に差し出して名を成した人物です。
梨山では端境期の空白を防ぐために果物の木の下に茶の苗が植えられ、3~5年後茶葉が収穫できるようになると果樹は切り倒されました。
天池は海抜2600m、市場では1500m以上から梨山茶として売られていますが、厳密に梨山茶の生産者と言われるのは海抜2000m以上の約50の茶園だけです。2400m以上の高山茶園では、年に2回しか収穫はできません。最初の茶摘期は5月末から6月初旬、この時低地茶園の春茶摘みはとうに終了し夏茶の収穫が始まっています。第二の茶摘期は8月末から9月初旬、低地では秋茶と冬茶期の間にあたります。この大変に少ない収穫の良し悪しもすべて天候に左右されます。梨山地区の霜期は大変長く、もし4月に晩霜が降りたら新芽は凍傷にかかってしまい、第一季の茶摘みは水の泡となってしまいます。同様に秋に早霜が降りてしまったら、第二季も難しいことになってきます。このように梨山茶作りは綱渡りのようにリスクをともなう商売です。生産量が少ないうえに製茶時期が低地と異なるために品評会に出すことができないという事情があるため、高山茶の相場はその年の良し悪しや製茶技術に関係なく、高山茶園の名声だけで決まるのです。
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蒋介石(1887~1975)は浙江省出身の軍人で、1927年上海で4・12クーデターを発動して左派勢力を弾圧し、国民党政権の最高実力者となりました。
1927年12月宋氏宅で宗家三女の宋美齢とキリスト教式で結婚し、大華飯店(マジェスティックホテル)で披露宴を行いました。“愛廬”と名づけられたこの上海の別邸は花嫁の兄である宋子文が妹のために持参金の一部として贈ったものです。
その後国民党が台湾に渡るまでの20余年、多忙な蒋介石が“愛廬”に住んだ期間は長くありませんでしたが、蒋介石の筆による“愛廬”の二字は築山の石に刻まれ、廬山の“美廬”、杭州の“澄廬”と共に蒋介石をしのぶよすがとして庭の片隅に残されています。
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杭州ではいくつかの茶館でお茶をしましたが、ランチをしたのは2ヶ所だけです。2ヶ所だけで杭州の茶館ってこんな感じと決めつけるのは憚れますが、イメージ的にお茶を頼んだら点心は食べ放題という感がありました。
茶館で食べた山胡桃が非常に美味しくて帰る途中にあったカルフールに買いに寄ってしまいました。
そのうえ「山胡桃は杭州市臨安だけの特産物、天下美堅果と称され臨安の老三宝の一つでもある」という商品の能書きを読んだら、ますますお土産としての私の中での価値観が膨らみ、ちょっと調子に乗って数キロほど買ってしまいました。
が、その年の新胡桃を買ったせいなのか茶館ならではの工夫があったせいか、和茶館で食べたときの食べやすさが嘘のように頑強な皮と脆い実に手こずり、私には無理という結論に達しました。
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記録に残る中国初の茶作り名人は呉理真という人です。呉理真と言われてもピンとこない人がほとんどだと思いますが、呉理真は西漢時代、蜀に生まれのちに甘露祖師と呼ばれるようになりました。
『四川通志』によると四川省の蒙山頂には甘露祖師が植えたと言われている8株の仙茶(天女が種を与えてくれたという伝説があります)が現在も存在しています。お茶と仏教・道教のつながりを感じさせる逸話です。
文人たちに「揚子江中水,蒙山頂上茶」と讃えられた蒙山茶は仙茶との評判から、はるか昔より貢茶として珍重されました。
甘露祖師の名がつけられたと思われる蒙頂甘露は日本の茶館でも売っているのを見たことがあります。でも、この蒙頂鷹嘴はありません。
去年のマイスペシャル緑茶と言えるかもしれません。ほんとうにお湯の中で開くと鷹の嘴のように可愛い茶葉でした。
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『酔画仙』、ちょっと前に見に行っていたのですが、映画上映中ずっとぐだらない疑問が頭から離れず作品をお薦めできるほどしっかりと映画を見ることができませんでした。
言い訳ではないのですが、張承業役の子がお腹をすかせた貧しい子どもであるはずなのに、パッツンパッツンのほっぺをしていてまったく可哀そうに見えなかったのです。時代考証よりも俳優チェミンシクに似ている子を選んだのでしょうか?とにかく政情不安な時代に裕福でない人がぷくぷくしているということが気になって主人公の芸術的苦悩どころの話じゃなくなってしまったのです。
その後この疑問を友人たちの前でうったえたのですが、「ありえないよ~」と騒ぐ私に黙って聞いていた人が冷静に教えてくれました。「統計学的に言えば、どんなに貧困でも太っている人はいるんだよね」
統計学‥‥。ごめんなさい。私が悪かったです。
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茶楽の記事を見たらとても懐かしくなって、春風秋月に行ってきました。いつものことなのですが、1~2時間だけのつもりがやっぱり店主アンディさんの素敵な人柄のせいで、ほとんど半日といってよいぐらいの時間をそこで過ごしてしましました。はっと気づいたら夜だったという失敗を何度繰り返せば学べるのでしょうか私は‥。
これから春風秋月に行く方々に、ひとつ忠告させていただきます。
後の予定がある方、急いでいる方、椅子に座ってはいけません。時間を忘れてしまいますから。
反対に中国茶(特にプーアル)が好きな方、香港(特に芸能界)が好きな方、一度行ってみることをおすすめいたします。話がはずんで楽しい時間を過ごせることまちがいなしです。
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今日は暦でいえば旧正月(春節)でしたが、春節らしいことはなにもできませんでした。せめて水餃子ぐらいは食べたかったのですが‥。
写真の茶器は、昨年こういうふうに作って下さいとお願いして作ってもらった今年の春節から可愛がって育てようと思う茶壺(中国語では急須のことを茶壺といいます)です。写真で見てもあまり分からないと思うのですが、これはまんまるい月をイメージして、できるだけ丸くしてくださいとお願いして作ったものなのです。
Formosa Tea Connectionさんを通して作っていただきましたが、Formosa Tea Connectionがサロンを4月で閉鎖するということを最近のメルマガで知って大変残念に思っています。お茶を買いに行くというよりも、サロンでいただくお茶菓子がとても楽しみでした。閉鎖前にもう一度美味しいお菓子をいただきに行きたいものです。
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結局今年見たお正月映画は『カンフーハッスル』だけでした。とはいっても、『カンフーハッスル』は1本で2本3本分見たような気分を味わえるほど“ありえねぇ~”面白い映画でした。周星馳(チャウ・シンチー)や功夫(カンフー)の達人たちがくりだすさまざまなありえない数々の技の中には、金庸の武侠小説に登場する技がたくさんあります。(金庸はこの映画から支払われた権料をスマトラ沖大地震の被災地に寄付したそうです。いい話ですねぇ~)
周星馳(チャウ・シンチー)と金庸の武侠小説と言えば、『鹿鼎記』を思い出します。金庸が書く小説には正義感の強いヒーローがつきものなのですが、この『鹿鼎記』のヒーローはお調子者の世渡り上手、肝心な武術も弱いというありえないヒーローです。ちょっとコメディチックなところが周星馳(チャウ・シンチー)演じるところのヒーローのイメージにあったのでしょうか‥。
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『中國茶文化』というDVD8枚組を、北京に行っていた知り合いが気をきかせて買ってきてくれました。
辞書みないな装丁の豪華な箱を開けると、はいっているのは8枚のDVDだけ他になんのおまけも無く、まったく味も素気もありません。
は?という感じでしたが、内容はたくさんつまっていました。
1枚2時間くらい、それが8枚、一日見たら疲れます。好きな映画でも8本は見られません。
でも、映像も凝っているし、中文字幕もついているので、ある程度中国茶の知識がある人ならば、何に関して話しているのか検討がつくので、オススメだと思います。
中国もこんなすごいものを作るようになったんだなぁと、ひたすら感心してしまいました。
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金継ぎで直したという茶壺の画像をお友だちが送ってきてくれました。補修してまで使用している茶壺、きっと逸品にちがいありません。今度ぜひ手にとって拝見させていただきたいものです。
日本には金継ぎという素晴らしい修復技術がありますが、中国では碗釘で補修します。どんな感じかというと、手っとり早く見たいという方は、張芸謀監督の映画『初恋のきた道』でご覧できるかもしれません。主人公の少女が転んで割ってしまった思い出深いお碗を、孫娘のためにお婆さんが村にやってきた陶器修理職人を呼び寄せ、買った方が安いというその職人の助言をおして修理してもらうという場面で垣間見れたような記憶があります。
記憶違いだったらごめんなさい。
それから、こちらは記憶違いはないと断言できるのですが、かの有名な龍井茶の茶葉の形は碗釘のようだと形容されています。
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