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2018/04/24

正岡子規が愛したパン

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1895年、夏目漱石は愛媛県尋常中学校の英語教師として松山に赴任し、松山で正岡子規と下宿先の愚陀仏庵で52日間の共同生活を送りました。
正岡子規は随筆『仰臥漫禄』で病床の体調や食事を細かく書き記るしていましたが、連日のように描き記したのが菓子パンのことでした。
特に、食べないと手がふるえると形容するほどアンパンが好きで、死が迫る直前までまるで命がかかっているかのようにアンパンを食べたと言います。
この当時と同じ、酒種製パン法で作られた菓子パンが松山空港で売っています^_^
愛媛県の松山空港をご利用の際にはチェックしてみて下さい^^

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2018/04/17

一六茶寮@愛媛県道後温泉

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久松家初代松山藩主松平定行公は、1647年ポルトガル船が長崎に入港した知らせを受けて、長崎に向かい長崎探題の職務にあたりました。
この時、定行公は南蛮菓子タルトを食し感動してこの製法を松山に持ち帰りました。
製法は久しく家伝とされましたが、明治以降松山の菓子司に伝わり、松山銘菓になりました。
道後温泉の向かい、一六本舗2階の一六茶寮で一六名菓セットをオーダーすると、道後温泉二大名菓坊ぼっちゃん団子と一六タルト共に食すことができます。

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2018/04/10

道後スリング@愛媛県道後温泉

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「大変うまいと云う評判だ愛媛県尋常中学で1895年4月から1896年他地へ赴任するまで松山で教鞭をとっていた体験を下敷きに書いた小説『坊ちゃん』にちなんで作られた松山銘菓坊ちゃん団子。
道後温泉茶玻瑠のバーでは、坊ちゃん団子をイメージしたカクテル道後スリングが飲めます。
ライチ青色リキュール、ポンジュース、ポートワインの三層に分かれたセパレートカクテル。
一見甘そうに見えますが、ポンジュースの柑橘系酸味が効いていて美味しかったです^_^

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2018/04/03

天空ノ茶・幻の有瀬茶@徳島県三好

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高知県との県境にある徳島県三好に位置する有瀬集落は山間部に茶畑が広がります。
山霧にしばしば包まれる南向き斜面は徳島県の有瀨、向かい側は碁石茶産地である高知県の大豊町があります。両側ともぜんまいがよく採れたのだけど、北側の大豊町のほうが良かったのだとか。
現在61歳の平松さんの家に電話がきたのは中学一年生の頃、そのまえまで標高430〜450mに民家が点在した有瀬地区では、例えば雪のせいで休校になる時には一番山の上に住んでいる家に休校の知らせが入り、その子はすぐ下の家の子に合図で知らせ、またどんどん伝言ゲームのように麓の家まで休校の知らせを届けたのだそうです。休校になりそうな日は、子供たちは上からの知らせがくるのをワクワクして待ったと、今はない微笑ましい風景です。
人の憶記に残る茶業は大正期、静岡から手揉み技術を教えてもらったこと。各家に焙炉があり夕方になると皆で自分が作った茶を持ちより比べ合って、切磋琢磨して技を磨いた結果、井本八郎、立道才三など名人の名が残りました。
また、茶の畝に竹をトンネルのようにさして“すご”をかけるかぶせも行われたそうです。
昭和40年代からボチボチやぶきたの導入が始まって、養蚕用の桑畑などが茶畑に変わりました。
現在山茶は一回だけ、やぶきたは一番、親子、番茶を摘みます。かって共同を含めて7軒あった製茶工場は今3軒残るのみです。

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