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2008/05/31

ヒワの織物工房

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ヒワで、草木染めの織物工房を見学しました。糸はザクロ、藍、草を燃やした灰、クルミ、どんぐり、たまねぎ、鉱石などで染め、熱い太陽の光で干します。こちらの人々はとても鮮やかな色を身にまとっていますが、眩しい太陽の下ではそれが似合うのです。

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2008/05/30

ヒワの木工所

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ヒワはホラズム王国の都でした。ホラズムという国は職人さんの技術が高い国だったようで、最近でも家を建てる時やモスクやミナレットなど歴史的建築物の修復もホラズムの職人さんが活躍しています。ヒワ城壁の中にも木工所があり夏休みの子供たちがコーラン台やまな板、ステッキなどを作っていました。

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2008/05/29

クニャアルク造幣局

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前日ご紹介したヒワの王様のモスクの前には造幣局が見られます。17世紀初頭から18世紀頃までつかわれ、昔のコインなどが展示されています。

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三教寺

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貴州省には明の時代にやってきた兵士の末裔が住む老漢族の村があります。その人たちは昔のままの生活スタイルで暮らしています。自然崇拝の少数民族が暮らす中で、彼らは自分たちが信仰する道教、儒教、仏教の三教を一つの寺院にまとめて祀っています。そこを三教寺といいます。

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2008/05/28

クニャアルク王様のモスク

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ウズベキスタンのモスクやミナレットなどの建築物は1920年のソビエト赤軍による破壊から多くがまぬがれることができませんでしたが、ヒワの町は王様は頭が良く赤軍がやってきた時にすぐに町を解放して抗戦しなかったために保存状態の良いまま現在でもほぼ昔の姿のまま見ることができます。画像は王様のモスクです。中央アジアの王様はみな自分のモスクがありました。

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三教寺

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貴州省には明の時代にやってきた兵士の末裔が住む老漢族の村があります。その人たちは昔のままの生活スタイルで暮らしています。自然崇拝の少数民族が暮らす中で、彼らは自分たちが信仰する道教、儒教、仏教の三教を一つの寺院にまとめて祀っています。そこを三教寺といいます。

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2008/05/27

アースウォッチャー

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NHK総合6月1日(日曜日)22;40~22:50『アースウォッチャー月から見た地球』http://www3.nhk.or.jp/kaguya/broadcast.html台湾の世界的な人気絵本作家ジミーが~月から見た地球~をテーマに作品を描くそうです。ジミーの月をテーマにした作品はとても大好きなので楽しみです。
http://www.shinowazuri.com/mybook/contents/moon.html

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2008/05/26

クニャアルク謁見の間

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クニャアルクの王様が謁見する場所には玉座の両脇に2本のアイワーン(柱)が建てられています。後方の扉は3つ。右が王様、中央が大臣、左は訪問者が使用しました。

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2008/05/25

ムハマドラヒムハンメドレッセ

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かつてホラズム王国の都だったヒワにあるムハマドラヒムハンメドレッセはムハマドラヒムハンが造ったメドレッセです。彼は40年間も王座にいながら、詩人でもあり音楽家でもあったという多才な王様でした。

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2008/05/24

カリタミナレット

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かつてホラズム王国の都だったヒワにあるカリタミナレットは1855年に当時の王がペルシア遠征中に戦死してしまい建設が頓挫してしまったと伝わる26mのミナレットです。なのでカリタ(短い)ミナレットと呼ばれます。当初はカリヤンミナレットよりも高いミナレットを建造する予定でした。未完には上記以外にもさまざまな事情や説があります。

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2008/05/23

クニャアルク

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クニャアルクのクニャとは古い、アルクは城という意味があります。かつてホラズム王国の都だったヒワには古い城と新しい城があるのです。クニャアルクは17世紀に造られました。入口の4つの窓から王様は処刑を見学したといいます。4つの窓にはそれぞれ影武者が立ち、どこの窓に本当の王様が立っているかわからないようにしたといいます。それは処刑される親族の報復を逃れる工夫でした。広場にあけられた井戸のような穴は首を切った血を流す穴です。

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2008/05/22

ムハマドアミハーンメドレッセ

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かつてホラズム王国の都だったヒワにあるムハマドアミナーンメドレッセは1851~55年にかけてムハマドアミハーンという王様が建てたメドレッセ(神学校)です。今までのメドレッセとは異なり、いきなりバルコニーがあったり、植物図柄が特徴的です。

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2008/05/21

アルホラズム

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かつてホラズム王国の都だったヒワの城壁前にたたずむ像はアルホラズムというホラズムの偉人です。数学者であり、哲学者であり、詩人であり、0を発見した人として知られています。

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2008/05/20

アタダルワザ門

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アタダルワザ門はかつてホラズム王国の都だったヒワの西門で正門にあたります。ホラズム・シャー朝はモンゴル帝国によって滅ぼされるまで中央アジアからイラン高原までを支配下においていた王国です。ウズベキスタンにはブハラハーン、ヒワハーン、コーカンドハーンと3つのハーン国があり、ここはヒワハーン国があった場所です。

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2008/05/19

ヒワ

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ホラズム王国の都だったヒワの誕生にはこんな伝説があります。昔、アラビアからヌクの息子が暑さでふらふらになりながら旅を続けていて、ここで水を飲んだ時あまりの美味しさにヒワーと言ったところからヒワという名前がつけられたという伝説のある町で、城壁2600mの中には本当に物語のような世界が広がっています。

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2008/05/18

砂漠のチャイハナ

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ウズベキスタンに広がるキジルクム砂漠は現地の言葉で赤い砂漠(カラクム砂漠、黒い砂漠もありました)という言葉の意味を持つ砂漠です。砂漠というより荒野という感じでしょうか、このような厳しい環境でも野生動物たちが多く暮らしているのだそうです。ソビエト連邦時代の政策でキジルクム砂漠にはアムダリア川の水を引いて灌漑用水が造られ、広大な綿花畑が出現しました。しかしその影響で、アムダリア川は季節によっては干上がってしまい水をアラル海に届けることができなくなってしまいました。

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2008/05/17

アムダリア川

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アラル海にそそぐ大河アムダリア川はソビエト時代の政策でそこから多くの運河が造られました。それによって綿花産業は発展をとげましたが、その反面アムダリア川の水が干上がってアラル海にとどかなくなる時期が生まれてしまうようになりました。その結果、アラル海は急激に縮小化されつつあり近い将来に消滅してしまうかもしれません。産業発展と自然保護を両立させることは難しいことです。

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2008/05/16

チャールミナル

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ブハラの普通の住宅街を入ってゆくと出会えるチャールミナルは1805年にトルクメニスタンの裕福な商人が四人の娘のために建てた建物です。ミナレットはそれぞれ模様が異なります。それは娘さんたちのそれぞれの性格を表したのだとか。

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2008/05/15

チャシュマ・アイ・ヨブ

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チャシマイ・アユブ(預言者ヨブの井戸)はブハラで最も古い遺跡の一つです。聖者ヨブはイスラム、ユダヤ、キリスト教すべての信者に敬われている人物です。伝説ではヨブがこの場所を訪問して、棒で打ったところに泉が湧いたという伝説があり、12世紀に記念の廟が建てられました。

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2008/05/14

イスマイル・サーマニ廟

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ブハラを首都としたサーマーン王朝の設立者であるイスマイル・サマニーは、この廟を892年に亡くなった父親のナスル一世のために建てました。イスマイル(907年逝去)や彼の曾孫ナスルⅡイブン・アハマド(934年逝去)もここに埋葬されています。現存する中央アジア最古の建築物で、建物もゾロアスター教の影響を様式から見ることができます。この建物を反時計回りで3回まわると願いがかなうそうです。チンギスカンからも赤軍からの破壊もまぬがれました。焼きレンガの組合せだけで模様がつくられ、月や太陽の光の加減でさまざまな顔をみることができます。サーマーン朝唯一の遺構で、中央アジア最古のイスラム建築です。

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2008/05/13

バラ・ハウズ・モスク

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バラ(ボロ)・ハウズ・モスクのバラ(ボロ)は小さい、ハウズは池という意味があります。このモスクは40本の柱があるモスクと呼ばれました。実際柱は20本なのですが、池の水がきれいだった時代に水にうつった柱も数えて40本の柱があるモスクと美称されました。

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2008/05/12

ダルビッシュ

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ダルビッシュとは放浪しながら布教をするイスラム教徒のことを指します。日本におきかえればお遍路さんのようなものでしょうか。画像のような服を着て水筒を提げて旅を続けました。

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2008/05/11

アルクのサモワール

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ブハラハーン国の王様が40歳以上の男性に朝あいさつをするサラーム・ハナ(あいさつの部屋)は現在展示場になっています。そこで1810年のサモワールを見つけました。

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2008/05/10

宝物殿のライオン

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歴代ブハラハーン国の王様が謁見した広場の脇には宝物殿があり、その前をライオンの石像が守っています。1920年に赤軍が侵攻してきた際、王様はライオンの後ろの秘密通路からアフガニスタンへ脱出しました。

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2008/05/09

王の謁見場所

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画像は歴代ブハラハーン国の王が城内で謁見した場所です。王様がニコッと笑えば陳情は受け入れられ、表情を変えなければNoということだったということです。王様には背中を見せてはならず、謁見した人は後ろずさって退出しました。

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2008/05/08

王様の礼拝場所

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ブハラのアルクでは、17世紀になると鏡が内装デザインに採り入れられるようになりました。王様の礼拝場所でそれを見ることができます。王様は夏には涼しい外で、冬には暖かい中で礼拝を行いました。

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2008/05/07

パンジャラ

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パンジャラとはイスラムの建築にみられる木製の格子窓をいいます。外から中は見えませんが、中からは外がよく見える仕組みに作られています。イスラム世界では身分の高い女性は外に出ませんでした。このようなパンジャラから外の世界を覗いたのだということです。

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2008/05/06

アルク

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アルクとは王様の住むお城という意味があります。ですから、アルクは各地各時代にたくさんあるわけです。こちらのアルクは3000年前から存在する歴代ブハラハーン国の王様が住んだお城です。昔ペルシアの王子様がここへやってきてお姫様に求婚し、お姫様は王子様に見たことのないものを願い、王子様がこれを建てたという伝説があります。1920年赤軍が攻めてくるまで3000人の人々が仕え住んでいました。赤軍による3日3晩の破壊で現在はその3分の1が残るのみです。

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2008/05/05

カラーン・ミナレット

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カラーン・ミナレットのカラーンは素晴らしいという意味持ち、文字通りブハラを代表するミナレットです。ミナレットは1123年にレンガの組み方だけで模様を造った48mものミナレットです。ミナレットには当時複数の目的がありました。アザーンという礼拝の呼びかけ、旅をする人のための灯台の役割、そして処刑台の役割。イスラムの法律では女性は斬首することができなかったので、女性が罪をおかした際にはミナレットからつきおとされることがありました。このミナレットは東からやってくると2日前から塔が見えたといいます。チンギスカンも壊すことができなかったミナレットですが、1920年にソビエト赤軍の空爆で一部破壊されてしまいました。

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2008/05/04

ミリ・アラブ・メドレッセ

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ミル・アラブ・メドレッセはカリヤンミナレットとモスクの前にあるメドレッセ(神学校)です。イエメンから来た聖職者が設立したもので、ソビエト時代でも活動していた数少ない位の高い神学校でした。

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2008/05/03

カラーン・モスク

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カラーン・ミナレットとともにあるカラーンモスクは4000人収容できるモスクです。カラーンとは素晴らしいという意味のほかにタジク語で大きいという意味を持っています。ソビエト時代は駐車場に使われてしまっていましたが、現在はラマダン明けなど特別な時に使われ、本来の役割を果たせるようになりました。

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2008/05/02

『延安の娘』『蟻の兵隊』

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現代中国映画上映会の今月の上映会は一日上映ですので複数の映画を上映いたします。前日にご紹介した『雲南物語』の後、記録映画『延安の娘』と記録映画『蟻の兵隊』を上映いたします。こちらの記録映画ですが、上映の前後や休憩時間に監督や来賓による挨拶トークなどありますので興味のある方はぜひこの機会にいらしてくださいませ。どうぞよろしくお願い致します。

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2008/05/01

『雲南物語』(雲南故事)

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今月の現代中国映画上映会は、5月10日(土)午後2時より『雲南物語』(雲南故事)を上映いたします。過去に数度上映会で上映した作品です。この作品は実際、数奇な運命をたどった一人の日本人女性の真実の物語をもとに描かれています。舞台である雲南の風景は一見の価値があります。

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