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2008/02/29

一人ミナレット

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レギスタン広場でサマルカンド建都2750年祭(2007年秋)の練習が行われた翌日、練習の邪魔をしないよう迂回したためにとれなかったウルグベクメドレッセの星模様を撮影すべく早朝にぶらぶらと徒歩で広場へでかけました。広場には警備員が必ずいるのですが、早朝も早朝広場に入りたそうにしているのは私だけだったせいか昨日の厳しさとはうってかわり警備の人も笑顔でむかえてくれました。さらにはその中の一人が、ミナレットに昇ることに興味がないかと、ウルグベクメドレッセの扉まで開けてくれました。早起きは三文の得とはこのことですね。

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2008/02/28

レギスタン広場

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レギスタン広場では2007年秋にサマルカンド建都2750年を迎えるにあたり、お祭りの準備に余念がありません。観光客は踊りの練習の邪魔をしないように建物に添いながら歩かなければなりません。写真を撮るためにちょっと建物から離れて広場のほうへ寄ろうとしようものならば、警備の人に注意されてしまうような状態でした。

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2008/02/27

ウルグベグ

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ティムールの孫ウルグベグ王は聡明な王として、かつ天文学者としても人々から尊敬を集めました。しかし、その人徳があだとなり、愚鈍な息子に王位を譲ろうとしなかった為、王位継承問題がこじれて息子アブドラ・ラティークに殺されるという悲劇的末路を遂げました。

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2008/02/26

ウルグベクメドレッセ

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ウルグベクメドレッセはティムールの孫ウルグベグが建てたメドレッセ(神学校)です。ウルグベグは王でありながら、天文学者でもありました。天文学に精通したウルグベクらしくメドレッセには星が描かれています。

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2008/02/25

ティリャカリメドレッセ

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ティリャカリメドレッセのティリャカリとは黄金がはられたという意味があります。かつてキャラバンサライだったこの建物は1660年に建てられたと聞きました。

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2008/02/24

シルダールメドレッセ

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シルダールメドレッセのシルダールとはライオンが描かれたという意味で、メドレッセには小鹿を追うライオンの背中には輝く人の顔が乗っている不思議な図案が描かれています。

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2008/02/23

ウズベキスタンの楽器 その2

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桑の木と牛の心臓を使ったタール、七十五弦のチャーン、竹製のナイ、牛の皮のドイラです。

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2008/02/22

ウズベキスタンの楽器 その1

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桑の木と魚の皮を使ったフルバ、二弦のドッタ、ダンブル、新しい楽器ハムロです。

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2008/02/21

中央アジアでお茶をいただく その3

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中央アジアでは時々民家でお食事をさせていただきましたが、だいたい画像のような丸い急須に緑茶か紅茶が入って出てきました。急須のすぐ横にあるバター飴のような砂糖をなめながらお茶をいただきます。砂糖を口に含みながらお茶をするという習慣は知っていましたが、実際は砂糖というよりまさにバター飴という感じで想像していたものとは違っていました。

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2008/02/20

サマルカンドの民家料理

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桃とブドウが朝昼晩三食これだけを食べても飽きることはないだろうと思われる美味しさでした。

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2008/02/19

サマルカンド民家でランチ

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サマルカンドの民家で昼食をいただきました。ぶどう棚のある大きな中庭では男の子がおもちゃで遊んでおり、台所ではお母さんが肉の白身を切り分けていました。ナンをつくる時に練りこむのだそうです。

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2008/02/18

サマルカンド

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2007年秋に建都2750年祭が催された“青の都”サマルカンドはウズベキスタン第二の都市であり中央アジア最古の都市であります。紀元前4世紀アレキサンダー大王が東方遠征で攻略した際に美しさに驚嘆したと伝えられ、その後も“青の都”、“オリエントの真珠”、“光輝く土地”と称えられ文明の十字路の役割を果たしてきました。人々が遭遇する町という意を持つサマルカンドは現在も中央アジア一魅力的な都市です。

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2008/02/17

『ウインター・ソング』(如果・愛)

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2月の現代中国映画上映会は『ウインター・ソング』(如果・愛)の上映を行います。この作品の監督陳可辛は10年前の《ラブソング》(原題:甜密密)で注目をあびました。どちらも好きな作品です。スクリーンでぜひ見てください。

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2008/02/16

ティムール広場

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ティムール・アミール(1336~1405)のティムールは鉄人、アミールは王という意味があります。1336年シャフリサビスに生まれ、軍師としてのすばらしい才能に恵まれ10進法で軍をまとめ配置を毎回変えて3年戦争5年戦争7年戦争と戦略的な戦争を繰り広げて計画的に領土を広げ、インドからメソポタミア地方、強大なオスマン帝国を平らげ、1405年中国遠征中カザフスタンのオトゥラルで亡くなりました。モンゴル帝国によってめちゃめちゃにされてしまったアジアを立て直した英雄としてウズベキスタンで最も有名な偉人です。

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2008/02/15

マントゥ

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水餃子のように見えますが、トルコ料理のひとつでマントゥと言います。マントゥは、中国の饅頭(マントウ)から名づけられています。シルクロードによって食も繋がっているのだと教えてくれています。中の餡は餃子のように肉や野菜が入っているものもあれば、ヨーグルトやチーズなど乳製品系の入っているものもあります。

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2008/02/14

ウズベキスタンの子供たち その1

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中央アジアではウズベキスタンに一番長く滞在しましたので、ウズベキスタンではさまざまな子供たちに出会いました。キルギスもそうでしたが、ウズベキスタンの人々もとても親切な人々でした。日本に対する理解を深めようという努力も行われています。日本語センターは近代的で立派なビルの中にあり、そこに来ていた子供たちがとても折り紙が上手なのにはびっくりしました。

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2008/02/13

ナヴォイ劇場でディナー

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日本人捕虜が建てたナヴォイ劇場は現在、レストランが中に入っていて、食事をすることができます。日本にちょっとは関係あるお食事かなと期待しましたが、現地料理どころか、韓国料理でした。韓国料理と言っても、韓国人の方が食べたら首をかしげるかもしれません。韓国料理が中央アジアに引っ越したらこういうお味になるのだなぁと興味深くいただきました。

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2008/02/12

茶器だったかもしれません

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タシュケント歴史博物館でみつけた茶器にみえる器です。茶器と水器はとてもよく似ていたり、用途がほぼ同じなので見分けがつきません。急須とやかんのような関係です。

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2008/02/11

おもしろい地図を見つけました

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タシュケント歴史博物館で十数世紀も前の人が描いた世界地図が展示されていました。ソグド人の展示物が置かれたコーナーの近くで見つけたので十数世紀前というよりももっと前の時代かもしれません。世界が丸く書いてありますので、地球儀みたいなものでしょうか。地球が丸いと証明される以前のものですよね‥。

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2008/02/10

クシャン朝の遺産

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クシャン族はイラン系言語をもった遊牧民族サカ族の一部で、彼らが樹立したクシャン朝では仏教が深く信仰されるとともにローマ帝国と中国、インドの大文明圏をつなぐシルクロードの東西交流に大きな役割を果たしました。クシャン朝最強王カニシカ王は仏教の保護者で、クシャン朝時代に花開いた仏教美術がタシュケント歴史博物館で一部見ることができます。美しい仏像は一見の価値があります。

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2008/02/09

フェルガナ

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漢の武帝が熱望してやまなかった千里を奔る汗血馬の姿を原産地のフェルガナ(大宛国)で現在目にすることは残念ながらできません。混血化が進んでしまって姿が変わってしまっているからです。タシュケント歴史博物館ではその姿を絵で垣間見ることができます。

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2008/02/08

ソグド人の遺産

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利があるところならばどんな所にでも行くと言われたソグド人、中国では彼らのことを商胡(商売に秀でている胡人)とよんでいました。かつて中央アジアにソグド人は暮していましたが、シルクロードを旅をしたソグド人の記録はそれほど多くありません。

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2008/02/07

ゾロアスター教の遺産

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唐の時代、シルクロード交易に中心的役割を果たした商人はソグド人が多くを占めていました。ソグド人の信仰の対象がゾロアスター教(拝火教)でした。ゾロアスター教は火・水・空気・土を神聖化しているため遺体を土葬したり火葬したりすることができず、鳥葬が行われ、鳥が残したものは画像のようなオスワリ(骨壷)にいれられました。

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2008/02/06

ナポリは今、

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「ナポリを見て死ね」といわれるほど風光明媚な場所が年末年始の頃、ごみ処理の問題でごみが回収されず街が汚くなっていると、ニュースでとりあげられていました。秋に行った時、あんなに素敵だった街がそんなふうになってしまったなんで驚いています。もう問題は解決したのでしょうか?駅の近くの職人さんが面白かったビザ屋さんまた行きたいです。

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2008/02/05

ソグド人

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シルクロードの交流において古代最も活躍した民族は商才にたけたソグド人です。ソグド人は子供が生まれると手に膠(にかわ)、口に蜜を塗る習慣があり、そこには甘い言葉で商売を有利にすすめ、手にしたお金を離さないように育って欲しいという願いがこめられていたと言います。唐の時代には商胡(商売上手な胡人という意味でしょうか)と呼ばれ、西安には多くのソグド人がコミュニティを形成していました。

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2008/02/04

タシュケント歴史博物館

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1999年、イスラム原理主義に対して厳しい姿勢をとっていたカリモフ大統領に対して大統領暗殺未遂事件が大統領府前で起こりました。大統領は時間に少し遅れたために一命はとりとめましたが、爆風で大統領府の向かいにあった歴史博物館が破壊され、歴史博物館は2~3年前まで閉鎖されていたとのことです。歴史博物館は撮影料を支払えば撮影可能ですので、三脚をぜひ持って行くことをおすすめします。

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2008/02/03

プカルダスメドレッセ

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プカルダスメドレッセでは、カリグラフィーアートを見学することができました。日本で言う宮大工のような人々がこのようなカリグラフィーを建築物にほどこしたりするようです。

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2008/02/02

カリグラフィーアート

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文字そのものが芸術表現の一つになったカリグラフィーは書体、幾通りもの様式が用いられています。絵のように見えるものもアラビア語の組み合わせなのです。東アジアの書道は毛筆を使いますが、アラビア式書道ともいえるカリグラフィーは葦や竹で作られた筆を使います。イスラム教の偶像表現禁止が原因となりそのような装飾美術が生まれました。イスラム建築の多くにもそれを見ることができます。

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2008/02/01

イスラム図書館

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タシュケントのイスラム図書館には世界最古のコーランの一部が収められています。世界最古のコーランは最初の5ページはイスタンブール、それ以外はこちらと、大英博物館、サウジアラビアにそれぞれ保存されています。鹿皮に樹液で書かれたものです。

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