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2007/08/26

阿倍仲麻呂と李白

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かつて長安の王宮のあった興慶宮公園の片隅に日本への帰国が果たせなかった阿倍仲麻呂を偲ぶ碑が立っています。興慶宮は長安にあった三つの宮殿のうちのひとつです。714年玄宗皇帝は、それまで政務で使っていた大明宮からここへ離宮を移しました。阿倍仲麻呂は一度は帰国の途につきますがが台風のために漂流、ベトナムに座礁して願いを果たすことができませんでした。彼のが遭難したことを知った友人の李白は仲麻呂が亡くなったと思い、友を偲ぶ詩を残しました。二人の詩は碑に刻まれています。

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コメント

李白と阿倍仲麻呂、日本人がよく知るこの二人が親友だったというのは、感慨深いですよね^^
李白は仲麻呂の船の遭難の報を聞いて、彼を追悼する詩を作りましたが、その後この二人は再会できたのでしょうか?

ついでに、百人一首にある阿倍仲麻呂の
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」
の歌は、同じ内容の漢詩もあるんですよね(^O^)

翹首望東天(首を翹げて東天を望めば)
神馳奈良辺(神(こころ)は馳す 奈良の辺)
三笠山頂上(三笠山頂の月)
想又皎月圓(想う又 皎月円かならん)

ニン、トン♪

投稿: 忍豚 | 2007/08/27 17:21

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