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2005/06/24

京都で御朱印をいただく その2

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大徳寺は豊臣秀吉が織田信長の葬儀を盛大に行ないその菩提寺として総見院を建立して以来、武将による塔頭建立が相次ぎ、なかでも高桐院は1601年細川忠興三齋公により建立されました。
三齋公は正室ガラシャ夫人が明智光秀の息女であっても光秀にくみせず、織田・豊臣・徳川の時代を一貫した精神で生きぬいた智将であり、また利休七哲の一人として茶道の奥義をきわめた文武両道に秀でた人でした。
三齋公とガラシャ夫人の墓石は生前愛した燈籠がつかわれています。これはもと千利休秘蔵の“天下一の燈籠”でしたが、秀吉公から請われて利休はわざと裏面3分の1を欠き疵物として天下人の願いを退け三齋公に遺贈しました。利休と三齋公の友情が偲ばれる話です。

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