2008/05/15

チャシュマ・アイ・ヨブ

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チャシマイ・アユブ(預言者ヨブの井戸)はブハラで最も古い遺跡の一つです。聖者ヨブはイスラム、ユダヤ、キリスト教すべての信者に敬われている人物です。伝説ではヨブがこの場所を訪問して、棒で打ったところに泉が湧いたという伝説があり、12世紀に記念の廟が建てられました。

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2008/05/14

イスマイル・サーマニ廟

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ブハラを首都としたサーマーン王朝の設立者であるイスマイル・サマニーは、この廟を892年に亡くなった父親のナスル一世のために建てました。イスマイル(907年逝去)や彼の曾孫ナスルⅡイブン・アハマド(934年逝去)もここに埋葬されています。現存する中央アジア最古の建築物で、建物もゾロアスター教の影響を様式から見ることができます。この建物を反時計回りで3回まわると願いがかなうそうです。チンギスカンからも赤軍からの破壊もまぬがれました。焼きレンガの組合せだけで模様がつくられ、月や太陽の光の加減でさまざまな顔をみることができます。サーマーン朝唯一の遺構で、中央アジア最古のイスラム建築です。

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2008/05/13

バラ・ハウズ・モスク

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バラ(ボロ)・ハウズ・モスクのバラ(ボロ)は小さい、ハウズは池という意味があります。このモスクは40本の柱があるモスクと呼ばれました。実際柱は20本なのですが、池の水がきれいだった時代に水にうつった柱も数えて40本の柱があるモスクと美称されました。

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2008/05/12

ダルビッシュ

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ダルビッシュとは放浪しながら布教をするイスラム教徒のことを指します。日本におきかえればお遍路さんのようなものでしょうか。画像のような服を着て水筒を提げて旅を続けました。

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2008/05/11

アルクのサモワール

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ブハラハーン国の王様が40歳以上の男性に朝あいさつをするサラーム・ハナ(あいさつの部屋)は現在展示場になっています。そこで1810年のサモワールを見つけました。

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2008/05/10

宝物殿のライオン

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歴代ブハラハーン国の王様が謁見した広場の脇には宝物殿があり、その前をライオンの石像が守っています。1920年に赤軍が侵攻してきた際、王様はライオンの後ろの秘密通路からアフガニスタンへ脱出しました。

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2008/05/09

王の謁見場所

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画像は歴代ブハラハーン国の王が城内で謁見した場所です。王様がニコッと笑えば陳情は受け入れられ、表情を変えなければNoということだったということです。王様には背中を見せてはならず、謁見した人は後ろずさって退出しました。

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2008/05/08

王様の礼拝場所

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ブハラのアルクでは、17世紀になると鏡が内装デザインに採り入れられるようになりました。王様の礼拝場所でそれを見ることができます。王様は夏には涼しい外で、冬には暖かい中で礼拝を行いました。

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2008/05/07

パンジャラ

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パンジャラとはイスラムの建築にみられる木製の格子窓をいいます。外から中は見えませんが、中からは外がよく見える仕組みに作られています。イスラム世界では身分の高い女性は外に出ませんでした。このようなパンジャラから外の世界を覗いたのだということです。

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2008/05/06

アルク

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アルクとは王様の住むお城という意味があります。ですから、アルクは各地各時代にたくさんあるわけです。こちらのアルクは3000年前から存在する歴代ブハラハーン国の王様が住んだお城です。昔ペルシアの王子様がここへやってきてお姫様に求婚し、お姫様は王子様に見たことのないものを願い、王子様がこれを建てたという伝説があります。1920年赤軍が攻めてくるまで3000人の人々が仕え住んでいました。赤軍による3日3晩の破壊で現在はその3分の1が残るのみです。

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2008/05/05

カラーン・ミナレット

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カラーン・ミナレットのカラーンは素晴らしいという意味持ち、文字通りブハラを代表するミナレットです。ミナレットは1123年にレンガの組み方だけで模様を造った48mものミナレットです。ミナレットには当時複数の目的がありました。アザーンという礼拝の呼びかけ、旅をする人のための灯台の役割、そして処刑台の役割。イスラムの法律では女性は斬首することができなかったので、女性が罪をおかした際にはミナレットからつきおとされることがありました。このミナレットは東からやってくると2日前から塔が見えたといいます。チンギスカンも壊すことができなかったミナレットですが、1920年にソビエト赤軍の空爆で一部破壊されてしまいました。

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2008/05/04

ミリ・アラブ・メドレッセ

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ミル・アラブ・メドレッセはカリヤンミナレットとモスクの前にあるメドレッセ(神学校)です。イエメンから来た聖職者が設立したもので、ソビエト時代でも活動していた数少ない位の高い神学校でした。

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2008/05/03

カラーン・モスク

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カラーン・ミナレットとともにあるカラーンモスクは4000人収容できるモスクです。カラーンとは素晴らしいという意味のほかにタジク語で大きいという意味を持っています。ソビエト時代は駐車場に使われてしまっていましたが、現在はラマダン明けなど特別な時に使われ、本来の役割を果たせるようになりました。

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2008/05/02

『延安の娘』『蟻の兵隊』

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現代中国映画上映会の今月の上映会は一日上映ですので複数の映画を上映いたします。前日にご紹介した『雲南物語』の後、記録映画『延安の娘』と記録映画『蟻の兵隊』を上映いたします。こちらの記録映画ですが、上映の前後や休憩時間に監督や来賓による挨拶トークなどありますので興味のある方はぜひこの機会にいらしてくださいませ。どうぞよろしくお願い致します。

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2008/05/01

『雲南物語』(雲南故事)

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今月の現代中国映画上映会は、5月10日(土)午後2時より『雲南物語』(雲南故事)を上映いたします。過去に数度上映会で上映した作品です。この作品は実際、数奇な運命をたどった一人の日本人女性の真実の物語をもとに描かれています。舞台である雲南の風景は一見の価値があります。

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